失う前に

失ってから気づいては遅いってよく言われるのを耳にしますよね。あまりに言われすぎてて少し陳腐なくらい。


でもこれ本当にそう思います。


問題のない家族はいないというけれど、うちも例に漏れず、少々辛い思春期を過ごしました。


うちは、私が14歳のとき、母が心の病気にかかり、そこから10年くらい家庭が崩壊していました。


父は母をすごく愛していたけれど、母は父の愛情を受け取ることを拒否するようになり、たくさん差し出されていた救いの手を取ることはせず、私が21歳の時に離婚届を残して家出・失踪しました(その半年後に行方は判明するのですが)。


ちなみに、私は保証人として両親の離婚届にサインしました。母が、あいは成人してるからサインできるでしょって言い放って。


母が病気になってからの10代の7年間と、母が出て行ってからの20代の7年間・・・。


詳細はこれ以上は省きますが、たくさんたくさん苦しんで、潜在意識のレベルでは古傷として結構残っているように思います。まぁ今はかなり平気になってきたのだけど。


で、今日何が言いたいのかというと。


母をめぐることは私という人間にプラスにもマイナスにも絶大な影響を誇っているのだけど、そのプラスの影響の部分。


「失ってから気づくのでは遅い」の1側面。


私の家族は、今、父と私と妹と弟(とその奥さんとその娘)です。母がいなくなった後の父と私と妹と弟の4人は、いびつながらも7年くらいかけてゆっくりゆっくり家族としての再生を図りました。


私たち姉弟3人は、いまは父が大好きです。3人とも父を心から愛してるし、尊敬しています。それは父が私たち3人を心から愛して、心から大切にして、いつも私たちそれぞれの人生を尊重して、見守って、応援してくれていることをすごくすごくわかるからです。


母がいた時は、父のダメなところばかりが目につきました。


妹も弟も幼い頃からずっとママっ子で「ママ派」でした。長姉の私はどちらかと言うとパパっ子だったけど、「パパがかわいそうだから私はパパ派でいてあげる」みたいなポーズを取っていました。でも、父を大切にしようとか愛してるとか、そんなことは今みたいに意識して考えたこともありませんでした。


母は父の悪口を影で言うことが多かったし、女である私から見れば母と父のすれ違いの原因は母だけでなく父にもあると思っていました。


でも母親を失って。


いつの間にか、父のいいところしか目につかなくなりました。


それで、よく考えるんです。


「もしパパが死んだらどうしよう」って。


時々、夜寝る前なんかに、ふとそう言う観念が心から湧き上がって、父のお葬式の場面を(不謹慎にも)妄想しちゃうんです。


もうね、妄想だけで号泣します。毎回。


家族としての母を失ったという傷が、私を父がいる限りは全力で大切にしようっていう意識に向かわせているような気がします。失ってからじゃ遅い。壊れてなくしてからじゃ遅い。


母がいなくなってから、妹も弟も家を出たりで私は父と二人暮らしの時期が何年かありましたが、年々その思いは積もって行きます。


父は明日で還暦を迎えます。


どんなに辛い日も会社に行って働いて、私たちを支えてくれた父。


定年を迎え、働きたくないと言いつつまだ何年かは(?)働くようですが、もうそんな年なんだなって思うと、これからいつまで一緒に居られるかわからない日々を大切にしようって心から思います。


今まだ元気で父らしく生きて家族でいてくれることにただただ感謝。

The World is Your Oyster

よりエキサイティングな道をゆく。

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